W.S.クラーク
而して彼(W.S.クラーク)の牧師なりしチツキンソンと云える人は余(内村鑑三)に直接語て曰けり「余はクラーク氏の死の床に臨めり、而して彼は余に幾度か告げて曰く余の生涯の事業にして一として誇るに足るべきものなし、唯日本札幌に於ける八ヶ月間の基督教伝播こそ余が今日死に就かんとする際余を慰むに足るの唯一の事業なれと、君願わくは此事を君の本国に伝えよ」と
聖書之研究(明治33年、内村鑑三編)より
クラーク博士は実際はあまり目立たない人であり、学問的にもあまり評価されていなかったらしい。「あの人が他人になにかを教えるとは、、、」とまで言った同僚がいるとか。現在の北海道大学の発展を見て喜ぶか、あるいは自らの伝道の成果がなくなりがっかりするかどうだろうか。結局人はその分に応じてだた黙々とパンを投げていればよいのであって、その結果を考慮する必要はないということだろう。


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