2006年3月 5日 (日)

結核の恐怖

一郎君のお母さんが結核で絶対安静らしいという情報をもたらしたのは「金棒曳」だった。ーーーやがて一郎君も動けなくなった。結核菌が膝の関節に入って立てなくなったというような話を聞いたが、事実か否かはわからない。しかし彼もまた絶対安静のようになって行ったことは事実である。

結核による一家離散。全国的に見れば当時の日本で数多く起こったと思われる悲劇が、目の前で進行中であった。

一郎君には姉二人、弟妹各一人がいたが、みなどこかの親戚か何かの所へ身を寄せるようになり、家族はバラバラになって消えた。その後のことは知らない。

昭和東京ものがたり(山本七平)より

医療機関や施設での結核の集団感染がときおり新聞に出るが、戦前の結核への恐怖というはもはや想像できない。「死に勝つ」(塚本虎二)を読んでもほとんどが若い結核の犠牲者である。結核の克服と新生児死亡率の低下によって平均寿命は驚くほど延びた。山本夏彦氏が言われるように、いま街を歩いている人の大半は戦前なら生きていないはずの人たちである。

太平洋戦争以前の結核は、死因順位でみるとずっと第一位、死亡数全体の構成比でみると第二次世界大戦中は14%にまで達した.この数は現在の癌(悪性新生物)にほぼ匹敵するが結核の場合死亡者が10-20台の若年者に多いのが特徴。1950年代にストレプトマイシンが導入されてから死亡者は激減した。

toshi

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2006年2月26日 (日)

インフォームドコンセント

私が大変面白いと思ったのは、昔の患者は医師に一切説明をもとめないことでした。これと似たものに『論語』の有名な言葉に「民はこれによらしむべし、これをしらしむべからず」というのがあります。戦後は民主主義に反する一番悪い言葉のようによく引用されたわけです。しかしこれは大変な誤解でありまして、これにはいろんな注解がありますが、伝統的な注解は「朱子集注」でこの中の注解は「政治の内容とか政策の総てを国民に示して全部理解してもらうことはできない。しかし国民の信頼をかち得ることはできる」という意味です。

『聖書』における医の位置(山本七平)より

最近医療の分野で「インフォームドコンセント」がおおはやりである。しかし専門家が何年もかけて身につけた知識、経験を他人に完全に理解してもらうことは不可能である。「理解は不可能であっても何らかの方法で信頼を勝ちうる事はできる」とすでに2500年前に孔子は言っている。現在の議論に欠けている視点のひとつがこれであろう。

toshi

「論破しても意味のないもの、それは『伝道』と『セールス』である」ーー自己の商品の優秀性を論証し、相手の質問をことごとく論破し、完全に沈黙に追い込んだところで、相手が買ってくれなければ意味はない。だがこの問題は実は「伝道」と「セールス」に限られるわけではなく、すべての交渉において生ずるのであって、理づめで押していって、相手に反論の余地がないようにすれば、それで交渉が成立するわけではない。

ーーでは一体どうすればよいのか。日本でしばしば用いられて来た方法は俗に「ひたすら誠意を見せる」という方法、簡単にいえば相手が「ウン」というまで何回でも足を運んで「もみ手をする」という方法である。

ーー「--結局はマーシャールです。伝道もセールスも、いや交渉も、マーシャールでないと生きない。そんなことは当然でしょ」

ビジネスマンのためのマーシャール(山本七平)より

患者さんに手術を勧める際にはついつい「理づめで押して」しまい勝ちである。しかしもともと相手は「手術」という商品を買いたくないと思っているので、理屈で相手を論破しても全く意味はない。それでは「お百度を踏む」以外に何かいい方法があるのか。ひとつのヒントがこのマーシャールであろう。

toshi

聖書学者リキオッティは、『新約聖書』のマーシャールを次のように規定しているーー

「もっとも卑近な現実から始め、もっとも高い概念を明らかに反映する。それは無知なる者にも理解できるが、学識のあるものには反省を促す。それは文学的なあらゆる技巧を欠くが、人を感動させる力において最高にみがかれた文学的技巧を凌駕する。」

ビジネスマンのためのマーシャール(山本七平)より

では、これに対してどう対処すればよいのか。強い敵意と違和感のため、相手が絶対に受付ないメッセージを、いかにして相手に伝えるか。その方法は一つしかない。これは多神教のローマに進出した初代キリスト教徒が迫害と殉教の仲で会得した方法で、その第一歩は「相手が意識していない相手の前提を的確に把握し、まずそれを破壊すること」である。これに成功しなければ、相手はすべての伝達を拒否して当然だから、これを欠いたPRは一切無駄なのである。

「常識」研究(山本七平)より

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