2007年11月 3日 (土)

論語と渋沢栄一

Photo 他の宗教的聖典とどこが違うか?この社会を捨てて聖なるものを求めるという発送が「論語」にはない。むしろこの混濁した世俗の中で、はっきりとした一つの規範を持って生きていく行き方をしめしている。

論語と渋沢栄一(解説山本七平)より

2万4千円とやや高いですが買ってしまいました。録音状態良好で、編集もいいと思います。通勤の車のなかで楽しんでいます。toshi

余(渋沢栄一)は家業にのみ勉励していられなくなり、国事に奔走せんと欲し、それとなく父に話して見たが、父は「思いその位を出でぬ」の意見で、、

論語の読み方(山本七平)より

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2007年6月17日 (日)

論語(The Analects of Confucius)

Photo_17 そしてこの半世紀、常に「論語」に関心を持ち続けてきたのは、やはり内村鑑三の影響であろう。思い返してみれば「論語の位置から聖書を見、ひるがえって聖書の位置から論語を見る」は、私の唯一の「ものの見方」かもしれない。それはある意味で、日本の位置から西欧を見、西欧の位置から日本を見ることである。

 「論語」は、伝説によれば日本に渡来した最初の書物の一つであり、それは徐々に浸透し、日本が西欧の影響を受ける明治の直前ともなると、前述のように、一介の農民でも少し裕福なものは「四書・五経」を読み、それを自己の規範とし、子供を教育し、また子供を叱り諭すにも、それからの引用で行うまでになっていた。

論語の読み方(山本七平)より

Mau そしてある日、(神戸の)本屋の奥の人の少ないところに、「中国古典」と表示される棚を発見した。まさに、目を見張るほどの驚きの光景が、目の前にあった。

論語関連の本だけでも、本棚の上下数列を占めている。

「論語」と言う書物は、それほど広く、それほどの熱心さで、日本で読まれていることを、初めて知った。

遠い昔の時代に、わが祖国から生まれた孔子様の思想と心は、数千年の時間と数千キロの距離を越えて、この異国の日本の地に生きていたのだ。

自分にとっては、まさに驚きと感激の発見であった。

私は「毛主席の小戦士」だった(石平)より

石平:1962年中国四川省生まれ。1984年北京大学哲学科卒業。1988年神戸大学文化学研究科博士課程終了。

 石平氏によれば、中国では文化大革命以後、「孔子と論語が、まるでゴミ屑のように一掃されてしまい」、さらに鄧小平の改革後、「人々は道徳心と良識を失い、ひたすら節度のない汚い拝金主義に走っている」とのこと。まさに山本七平が指摘しているように、「近代化が伝統的な秩序を崩壊させ、手のつけられぬ無規範状態を生み出す」といった状態なのであろう。文化大革命の際、おじいさんが孫(石平氏)に論語を紙に書いて教え、人に知られないよう夜中にそれをこっそり焼いたという話にはこちらの方がびっくりしてしまった。近年中国の経済的、軍事的な成長が注目されるが、文化的支柱を失った国が再び世界の中心的存在となることはないと思う。toshi

The Analects , also known as the Analects of Confucius, are a record of the words and acts of the central Chinese thinker and philosopher Confucius and his disciples, as well as the discussions they held.

from Wikipedia

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2007年5月31日 (木)

貞観政要(貞觀政要、Zhen'guan zheng yao)-2

中国で異例の死刑
 北京市第一中級人民法院(地裁)は29日、製薬会社から多額のわいろを受領した前国家食品薬品監督管理局長に、初公判から約2週間という短期間で死刑の実刑判決を言い渡した。せき止め薬などの中国製品が世界各地で事故を引き起こしていることに対応、食品や薬品の安全管理を強化する姿勢を内外に示す狙いとみられる。中国では収賄事件で幹部に執行猶予付きの死刑判決が出ることは珍しくないが、今回は異例の実刑判決。

NIKKEI NET(平成19年5月31日)より

太宗はこれに対して各人に(経歴詐称を)自首させ、自首しないで露見したら死刑にすると公表した。

しかし戴冑は言った。「法は、国家の大信を天下に布く所以なり。言は、当時の喜怒の発する所なるのみ」と。確かに、怒りに基づく言葉は、法のように慎重に審議された客観的尺度ではあり得ない。

太宗はすぐ理解した。

「私に法律にたがうことがあれば、お前はそれを正してくれる。私は法の施行には、何も心配する必要がない」と。
帝王学「貞観政要」の読み方(山本七平)より

中国政府は間近にせまったオリンピックへの影響や世界での評価の低下を恐れて異例の死刑判決を行ったものと思われるが、このような政策の是非については既に1500年前に明らかとなっている。自国の古典、伝統を無視すればそのつけはいずれ自分自身に返ってくると思うが、、。toshi

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2007年4月26日 (木)

貞観政要(貞觀政要、Zhen'guan zheng yao)

この本は桓武天皇のころ(800年ごろ)に日本に渡来したと思われ、以後一貫して日本人の政治倫理学教科書になった。多くの天皇がこの書の講義を受けたという記録が残っている。また頼朝も読んだらしい。--さらに徳川家康もこれを愛読し、関が原の年すなわち1600年に開板している。

また政治に関心のあった日蓮はこれを全文筆写しており、このほかにも多くの人がこの書の影響を受けている。

山本七平私の本棚から(山本七平)より

通俗史家ウェルズは、ネロやカリグラのような史上有名な暴君は、一見まことに異常人間のように見えるが、絶対的権力を握ればだれでもそうなりうると述べている。「権力を握れば三年でバカになる」という言葉があるが、まさにその通り、むしろそれが普通であって、これは中国の代表的暴君、殷の紂王や隋の煬帝でも同じことであろう。ということは、われわれもそうなりうるということである。問題は、この「なりうる」という自覚をもって、自らを制御すること、同時に魏徴のような諫議大夫を置いて、その人の言葉に謙虚に耳を傾けうるか否かにあると言ってよい。

「故に知る、人の身を立つる、貴ぶ所の者は、唯だ徳行にあり、何ぞ必ずしも栄貴を論ずるを要せん」。まさにその通りであり、栄貴などは問題にするに足らない。結局問題となるのは徳行であり、その人への評価は最終的には「人格的評価」だけであり、ドラッガーの言葉を借りれば「品性」であろう。このあたりの太宗の考え方は、内村鑑三の「後世への最大遺物」に通ずるところがある。いわば、その人が後世に遺しうるものは「高尚なる人格に基づく生涯」だけであり、それ以外には何もない。そして後代が評価するのも実はこの点だけでありーー

帝王学「貞観政要」の読み方(山本七平)より

Photo_14 帝王學:貞觀政要的領導藝術
作者:山本七平/著
譯者:周君銓/譯
出版社:天下文化
出版日期:1993 年 12 月 30 日

内容簡介 
本書透過作者山本七平的重新詮釋,讀者當能在西方管理經典充斥的今天,領悟中國傳統的管理哲學。

博客來網路書店(台湾台北市)のサイトより

先日、「帝王学―「貞観政要」の読み方」(山本七平)の中国語訳をみつけました。さすがに表紙のデザインが中国的ですね。中国の古典を日本人が日本語で解説し、それを中国語訳して中国人が読むという時代になったんですね。日本の古典も是非このようになってほしいものです。toshi 

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2006年3月 1日 (水)

菜根譚

そういうわけで、この本を手にした機縁は、「なにかの役にたつだろう。暇があったら読んでおけ」と私の机に本書を父が置いたから生じた。

ーー「僕は秀才じゃないからよいけど(実は大変な秀才のはずである)、人からもし人生への処し方を問われたらいうね、絶対に秀才になるなって、子供を絶対に秀才に育てるなって」。私と同年輩の士官学校出の一大尉がいった。私は黙ってうなずいた。彼がなにをいっているかはよくわかったからである。

ーーだが、トップ・トップ・トップの秀才はそうはいかない。秀才とは常に順風満帆、いわば一種の「高貴」にいた人間だから、下っ端の気持ちを汲んでやるなどといった感覚がない。そこで旧部下がそっぽをむく。

現代の処世(山本七平)より

「菜根譚( さいこんたん)」は、中国明代(1573~1619)の「洪自誠」がのこした随筆集。洪自誠の経歴その他は一切不明。表題は、「小学」の「人常に菜根み咬み得ば、則ち百時なすべし」による。原本は中国ではすでに失われている。文政五年(1822年)に加賀藩の儒官林孚尹(はやしふいん)が藩主前田綱紀の文庫「尊経閣」で見つけ出版した。

この書は「実務の世界に生きる人の、人生運転の参考書」として非常に示唆に富む。ただし論語とともに、「所詮は世渡りの方途」であって、「これで構成される大きな枠の中での各人の(進むべき)方向は、自由にみずからが探求すべき問題」なのだろう。

toshi

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